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東京地方裁判所 昭和26年(ワ)5851号 判決

原告 前島富士太郎

被告 株式会社伴野ブラザース 外一名

主文

被告株式会社伴野ブラザースは原告に対し金百万円及びこれに対する昭和二十六年十月十八日からその支払ずみに至るまで年六分の割合による金員の支払をせよ。

被告東紀木材株式会社は原告に対し金十六万五千円及びこれに対する昭和二十四年九月一日から昭和二十五年三月二十七日まで年一割、同年四月二十七日から右支払ずみに至るまで年六分の各割合による金員の支払をせよ。

原告の被告東紀株式会社に対するその余の請求は、これを棄却する。

訴訟費用は被告等の負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り原告が被告株式会社伴野ブラザースに対し金三十万円、被告東紀木材株式会社に対し金五万円の各担保を供するときは、それぞれ仮にこれを執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一項及び被告東紀木材株式会社は原告に対し金十六万五千円及びこれに対する昭和二十三年九月一日からその支払ずみに至るまで年一割の割合による金員の支払をせよ、訴訟費用は被告等の負担とするとの判決並びに仮執行の宣言を求める旨申し立て、その請求の原因として、被告株式会社伴野ブラザース(以下被告伴野ブラザースという)は、もと伴野物産株式会社といい、昭和二十六年七月五日その商号を現在の商号に変更したものであり、また被告東紀木材株式会社(以下被告東紀木材という)はもと紀陽産業株式会社といい、昭和二十六年七月二十五日その商号を現在の商号に変更したものであるが、被告伴野ブラザースは昭和二十五年八月三日被告東紀木材を受取人として、いずれも金額は金五十万円、振出地は東京都台東区、支払地は東京都中央区、支払場所は株式会社東京銀行とし、満期は一通は昭和二十五年十一月三日、他の一通は昭和二十六年二月三日と記載した約束手形二通を振出し、被告東紀木材は昭和二十五年八月三日原告に右手形二通を裏書譲渡し、原告は右手形二通の所持人になつたので、各満期に支払場所にこれを呈示して支払を求めたところ、いずれもその支払を拒絶された。また被告東紀木材は原告を受取人として(一)昭和二十五年三月二十七日金額二十九万三千百二十五円、満期同年四月二十六日振出地東京都台東区、支払地東京都中央区、支払場所株式会社東京銀行本店と記載した約束手形一通及び(二)昭和二十五年四月四日金額二十九万二百九十九円、満期同年四月七日、振出地、支払地、支払場所はいずれも前同様に記載した約束手形一通を振出し、原告は右手形二通の所持人となつたので、各満期に支払場所にこれを呈示して支払を求めたところ、その支払を拒絶された。よつて原告は被告伴野ブラザースに対してはその振出に係る前記二通の手形金合計金百万円及びこれに対する本件訴状が同被告に送達された日の翌日である昭和二十六年十月十八日からその支払ずみに至るまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を、被告東紀木材に対してはその振出にかかる右二通の手形金合計金五十八万三千四百二十四円のうち後述する金十六万五千円及びこれに対する昭和二十三年九月一日からその支払ずみに至るまで年一割の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴請求に及んだと述べ、

被告伴野ブラザース主張の抗弁事実中原告が被告両会社の代表取締役伴野安伸の義兄であつて、被告伴野ブラザース主張のように被告両会社の取締役又は代表取締役に就任し、またこれを辞任したこと及び被告両会社がともに伴野安伸を代表取締役とする同族会社であつて、原告の退社当時の右両会社の状態が右被告主張のように欠損を出し、事業経営難に陥り社員の給料、退職金等の支払不能の窮状にあり、今日も同様の状態にあることは認めるが、その余の事実は否認する。原告は昭和十年被告伴野ブラザース(当時の商号は伴野物産株式会社)に入社したものであるが、同会社の代表取締役伴野安伸とは濃い親戚の間柄であるところから、同人は原告に対し利害得失を離れて入社して助力して貰いたい、そのかわり十五年後には老後の生活保障として伴野個人として金十万円を贈与すると約したので、原告は爾来右会社に勤務したものであつて、前記のように昭和二十四年四月二十二日十五年の勤続をした右会社を退社したのであるが、その退社後昭和二十五年中伴野安伸に対し賃弊価値の変動を加味して右契約の金十万円の百倍に相当する金千万円を試みに請求したところ、同人は物価の高騰していることを認めたが、金百万円で我慢して貰いたいと申出で、この額で話合がついたところ、同人は更に個人財産はすべて会社に投資してあるから、被告伴野ブラザースから支払いたいと申出たので、原告はこれを承諾した。そこで伴野は昭和二十五年四月被告伴野ブラザースの重役会にはかりその承認を得て同被告名義を以て本件手形を振出し原告に手交したものである。従つて本件手形は被告伴野ブラザースが伴野個人の原告に対する債務の履行を引受けて振出したものであつて、被告会社が原告の退職手当として振出したものでない。仮にそうでなく被告伴野ブラザースが原告に対する退職金支払のため本件手形を振出したとするも、原告に対する退職金支払については右被告会社の株主総会がこれを承認しているのである。被告伴野ブラザースは形式は会社組織であるが、実質は伴野個人の経営で、株主も名のみであつて株券を所有している株主は一人もなく、また取締役監査役も伴野の意のままに任免され、株主総会、重役会等はすべて形式で伴野の独裁下にある個人会社であるから、伴野が承認している以上、株主総会で承認したと同様であるのであつて、同被告会社は本件手形金支払の義務を免れるものではない。

被告東紀木材の本案前の抗弁は理由がない。原告は同被告に対し同被告(但し振出当時の商号は紀陽産業株式会社)振出の本件約束手形二通合計金五十八万三千四百二十四円の支払請求の訴を提起しようとし、その訴提起に必要な被告会社代表者の資格を証する書面をその管轄登記所である東京法務局日本橋出張所に請求したところ、同出張所は調査の上被告会社(但し請求した商号名は紀陽産業株式会社)は登記のない会社であるといつて右請求を却下したので、原告は右被告会社は未登記の会社であり、従つて本件手形の振出人として紀陽産業株式会社代表取締役伴野安伸とあるのは、右の会社(すなわち被告会社)が振出人ではなく、右の会社代表取締役の肩書のある伴野安伸が個人振出としての責任があり、いいかえると紀陽産業株式会社と伴野安伸とは同一人格であると解する外がなかつたので、紀陽産業株式会社こと伴野安伸を相手方として本訴を提起したのである。しかるところ被告訴訟代理人の提出した商業登記簿騰本によつて被告会社は登記ずみの会社であり、伴野安伸は同会社の代表取締役として登記せられていることが明となつたから、紀陽産業株式会社こと伴野安伸と表示したのは誤りであり、紀陽産業株式会社(同会社は本訴提起前の昭和二十六年七月二十五日その商号を東紀木材株式会社と変更した)代表取締役伴野安伸と表示すべきものであつたので、右のように被告の表示を訂正したに過ぎないものである。このように原告は最初から右会社に対して提訴の意思を有していたものであり、偶々前記の理由により被告を右会社こと伴野安伸と表示して提訴のやむなき事態に立到つたのであり、右会社の存在が判明した後においてその訴うべき本来の債務者を相手方として訂正したものであるから、右訂正は許さるべきものである。同被告の本案についての抗弁中原告が同被告に対し金十六万五千円を利息月一割五分の約で貸与したこと(但し貸付日は昭和二十三年三月末、利息の支払期日は毎月末日の約であつた)、本件手形は同被告が原告に対する貸金債務支払のため、遅滞した約定利息(利息は昭和二十三年九月一日以降の分が延滞となつている)を元金に加算した金額について振出したものであることは認める。従つて本件手形金中に加算された利息が利息制限法に牴触することは勿論であるから、貸付元金十六万五千円及びこれに対する昭和二十三年九月一日支払ずみまで約定利率を利息制限法の範囲内に引下げた年一割の割合による遅延利息の範囲内において本件手形金の支払を求めると述べた。〈立証省略〉

被告等訴訟代理人は、被告伴野ブラザースの答弁として、原告の請求を棄却するとの判決を求め、請求原因に対する答弁として、原告主張の事実中被告等がそれぞれ原告主張のように商号を変更したこと、被告伴野ブラザースが原告主張の約束手形二通を振出し、被告東紀木材がこれを原告に振出譲渡したことは認めるが、原告が各満期に支払場所に右手形をそれぞれ呈示して支払を求めたところ、その支払を拒絶されたことは否認すると述べ、抗弁として、原告は被告両会社の代表取締役伴野安伸の義兄であつて、昭和十八年九月十八日から被告伴野ブラザースの取締役又は代表取締役を、昭和二十一年十一月二十八日から被告東紀木材の代表取締役を各歴任し、前者は昭和二十四年四月二十二日、後者は昭和二十三年五月二十四日それぞれこれを辞任した。そして被告両会社は、ともに伴野安伸を代表取締役とする同族会社であつて、原告の退社当時の右両会社の状態は共に資本金以上の赤字欠損を出し、事業経営困難に陥つた結果事業は縮少の一途をたどり、社員の給料並びに退職金等は悉く支払不能の窮状にあつて、その状態は今日に至るも打開されていない。しかるに被告両会社の窮状を熟知するにも拘わらず、伴野安伸の義兄たる地位を利用し、辞任直後から一カ年余にわたり被告両会社に対し執拗に退職金の支払を強要した結果、被告両会社は原告との間に将来被告両会社が再興し、一般債権者及び退職社員に対し債務及び退職金の支払が可能になつたときに原告に退職金を支払うこと、原告は本件手形では手形上の権利を行使しない旨を特約し、これに基いて原告のための一種の証書として本件手形の振出及び裏書をしたものである。しかるに被告両会社は未だに債務超過し、社員の給料及び退職金等の支払不能の状態にあるから、原告の本訴請求は失当である。仮に原告と被告等との間に右の特約がなかつたとしても、本件手形は原告が前記のとおり被告両会社の取締役として在職し辞任したのでその退職金支給のために被告両会社から振出、裏書されたものであるが、右は被告両会社の株主総会の決議によらず且つ取締役の受くべき報酬即ち退職金を受くることを得ないものである。よつて原告の本訴請求は失当であると述べ、被告東紀木材の本案前の答弁として本件訴を却下するとの判決を求め、その理由として原告は本訴を提起するに当り訴状には被告伴野安伸と記載しておきながら、その後訴状訂正書において被告伴野安伸を被告東紀木材株式会社と訂正するに至つたが、かような訂正は当事者の変更に該当するものであつて、当事者の変更は許すべからざるものであるから被告東紀木材に対する訴は不適法として却下せらるべきものであると述べ、本案について原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として原告主張の事実中被告東紀木材が原告主張の(一)及び(二)の約束手形二通を振出したことは認めるが、右手形は被告東紀木材が原告から借り受けた貸金元利金債務支払のために振出したものであるところ、その手形金額には利息制限法に違反する著しい暴利の利息を含んでいるから、右手形金の請求は民法第九十条に照し不当のものである。すなわち被告東紀木材は昭和二十四年三月二十六日原告から金十六万五千円を、利息は月一割五分とし一カ月分づつ前払のこと、もし利息の支払を怠つたときは利息に対しても月一割五分の利息を加算して支払う約で弁済期の定めなく借受け、同年三月分から同年八月分までの利息は支払つたが、同年九月二十七日現在において利息残金三万六千六百四十三円を右元金に加えて元金二十万千六百四十三円となつた。その頃から被告東紀木材の事業不振は著しくなつたので、同年九月二十七日から昭和二十五年三月二十七日まで利息を支払わないで借延しの都度利息を順次元金に組入れた結果元金は五十二万三千六十七円になつた。そこでこれに各満期まで一割五分の利息を加え金五十八万三千四百二十四円とし、これを金二十九万三千百二十五円と金二十九万二百九十九円の二口に分割し、その支払のため本件約束手形二通を振出したのである。従つて月一割五分の高利を複利計算で順次元金に組入れたため実際の貸金が金十六万五千円であるのに、わずか一年の後に元金五十八万三千四百二十四円の巨額に達したのであつて、これは著しい暴利行為であるから利息制限法を超過する範囲において無効といわなければならない。そして被告は昭和二十四年三月二十八日から昭和二十五年秋頃までの間に原告に利息として合計二十八万六千三百十円六十七銭を支払つているから、利息制限法範囲内の利息は優に償つて余りあるものであると述べた。〈立証省略〉

理由

第一、まず被告伴野ブラザースに対する請求について判断する。

一、被告伴野ブラザースがもとその商号を伴野物産株式会社と称し昭和二十六年七月五日現在の商号に変更したものであり、また被告東紀木材がもとその商号を紀陽産業株式会社と称し、昭和二十六年七月二十五日現在の商号に変更したものであること、被告伴野ブラザースが昭和二十五年八月三日被告東紀木材を受取人として原告主張の金額五十万円の約束手形二通を振出し、受取人たる被告東紀木材が、右振出同日原告に右手形二通を裏書譲渡したこと、及び原告が右各手形の満期に支払場所においてそれぞれ右手形を呈示して支払を求めたがその支払を拒絶されたことは、いずれも当事者間に争がない。

二、そこで被告伴野ブラザースの抗弁について考える。

(一)  まず被告伴野ブラザースは、本件手形は原告との間に手形上の権利を行使しない特約の下に振出したもので本件手形は単に被告伴野ブラザースの原告に対する一種の債務証書の意味で原告に交付したに過ぎないものであり、しかもその債務は将来被告伴野ブラザースが再興し、一般債権者及び退職社員に対し債務及び退職金の支払が可能になつたときに支払う約定の下に負担したものであると主張するので按ずるに、被告伴野ブラザースが本件手形振出当時においても事業経営難であつて社員の給料、退職金等の支払不能の状態にあつて、今日もなお同様の状態にあることは当事者間に争がないが、本件手形が被告伴野ブラザース主張のような債務証書とする特約で振出され、且つその債務の支払について同被告主張のような条件が付されていたことは、これを認め得る証拠はなく、却つて後に認定するように被告伴野ブラザースは伴野安伸の原告に対する債務を引受け、その支払のため本件手形を振出したものであるからこの点に関する被告伴野ブラザースの抗弁は失当である。

(二)  次に被告伴野ブラザースは、本件手形は原告が被告両会社の取締役を辞任した後その退職金支給のために振出されたものであるところ、その支給については被告両会社の株主総会の決議によらず、且つ取締役の受くべき報酬につき会社定款に何等の規定がないから商法第二百六十九条により原告は退職金を受けることを得ないものでありその支払のために振出された本件手形金の請求は失当であると主張するので按ずるに、原告が昭和十八年九月十八日以来被告伴野ブラザースの取締役又は代表取締役に歴任し、昭和二十四年四月二十二日を以てこれを辞任したことは当事者間に争がなく、証人森貞七の証言により真正に成立したと認める乙第三号証及び証人森貞七の証言によれば、被告伴野ブラザースの定款には取締役の受くべき報酬につき何等の定めがなく同被告会社の株主総会において原告に対する退職金支給に関する決議をしたことのないことを認めるに十分であるが、本件手形が被告伴野ブラザースの原告に対する退職金支払のために振出したことはこの点に関する証人古賀祐光の証言は後紀証拠に照したやすく措信し難く、他に右事実を認めるに足りる証拠はなく、却つて成立に争のない乙第五号証及び証人森貞七の証言並びに原告本人尋問の結果によれば、訴外伴野安伸は昭和九年十二月七日原告の妹未春と婚姻し、原告と姻族関係が生じたので、当時海外において事業を経営していた同人は原告に対しニユージーランドに赴いて自分と一緒に仕事をしてくれないかと頼み込んで昭和十年原告と共にニユージーランドに行き一緒に仕事をしていたが、一年位経つた頃原告を永く自分の事業に引きとめておきたいところから、原告に対し十余年自分のために働いてくれれば老後安穏に暮せるように退職金として金十万円を贈与すると約した、そこで原告は爾来伴野のために同人の事業に協力し専ら同人のために働いて来たが、同人が昭和十六年二月二十一日被告東紀木材を、また同年三月二十六日被告伴野ブラザースをそれぞれ設立し、(但し右設立当初は前者は伴野農林工業株式会社と称し、昭和二十二年十月十日紀陽産業株式会社と改称し、後者は株式会社伴野兄弟商社と称し、昭和十七年二月十一日伴野物産株式会社と改称したもので、その後それぞれ現商号に変更したことは前記のとおりである)、被告両会社の代表者に就任したが、原告は伴野の依頼により被告伴野ブラザース設立と同時に同会社の監査役に就任し、その後前記認定のように昭和十八年九月十八日以来同会社の取締役又は代表取締役に歴任し、昭和二十四年四月二十二日これを辞任したが、更に同日監査役に就任し、昭和二十五年九月十五日これを辞任したものであつて、原告は右役員を辞任するまで伴野のため同人の経営する被告両会社の役員としてその事業遂行に協力したので、原告は右退職後伴野に対し前記約旨の退職料金十万円が経済事情の変遷に伴い、百倍を相当とするとして金千万円を要求し、同人と種々折衝した結果同人は原告に対し金百万円を贈与することとしたが被告両会社をして支払わせることとし、被告両会社が伴野個人の右債務を引受けその支払のため被告伴野ブラザースが被告東紀木材に宛て本件手形を振出し、被告東紀木材が裏書してこれを原告に譲渡したものであることを認めることができる。しからば本件手形は伴野が原告に対し負担した債務を被告伴野ブラザースが引受けてその支払のために振出したものであつて、同被告会社が直接原告の退職金を支給することを約してその支払のために振出したものではないから、商法第二百六十九条の適用がないことはいうをまたないところであり、被告伴野ブラザースの右抗弁は到底これを援用することができない。

三、そうすると、被告伴野ブラザースは原告に対し本件手形金合計金百万円及びこれに対する訴状送達の翌日であること記録上明かな昭和二十六年十月十八日以降その支払ずみに至るまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があること明かである。

第二、次に被告東紀木材に対する請求について判断する。

一、被告東紀木材に対する訴の適否について。

本件記録によれば、原告は訴状に被告を「千葉県市川市宮久保九五番地市川重工業株式会社々宅内紀陽産業株式会社事伴野安伸」と表示して紀陽産業株式会社代表取締役伴野安伸なる振出名義の金額合計金五十八万三千四百二十四円の約束手形二通の手形金の支払を訴求し、右訴状が昭和二十六年九月三十日伴野安伸個人に送達せられたところ右伴野安伸は弁護士田中正司を訴訟代理人として応訴し、紀陽産業株式会社は登記ずみの法人であると主張し、その商業登記簿謄本を乙第五号証として提出したので、原告はこれにより右会社が現在東紀木材株式会社と改称して登記ずみの法人であることを知り、昭和二十七年一月二十八日付訴状訂正申立書を以て被告の表示を前記「紀陽産業株式会社事伴野安伸」から「東紀木材株式会社(代表者代表取締役伴野安伸)」と訂正申立たものであることを認めることができる。

被告東紀木材は、右は単なる被告の名称の訂正ではなく、当事者の変更であるから許すべからざるものであると主張するので按ずるに、およそ民事訴訟において誰が当事者であるかを確定するには、もつぱら訴状に表示されたところから客観的に判定すべきものであるが(いわゆる表示説をとる)、訴状には当事者、法定代理人並びに請求の趣旨及び原因を記載しなければならないのであつて、単に当事者として記載せられた部分のみから直ちに当事者を判定すべきものではなくて、訴状を全体として観察して判定すべきものであることは多言を用いないところである。そして原告の訴状には、被告として「紀陽産業株式会社事伴野安伸」と表示してあるので、これだけでは被告がはたして紀陽産業株式会社であるか、伴野安伸であるかは必ずしも明瞭とはいえないのであつて、更にその請求の原因として記載されたところによれば、原告は手形の振出人に対して手形金の支払を訴求するのであり、その手形は紀陽産業株式会社代表取締役伴野安伸振出にかかるものであるが、会社設立登記未了のため会社と伴野安伸とは同一人格であるとして前記の表示をしたが、会社の設立登記ずみのものである限り右会社が被告であることはその表示の上からも明かであると認めるのが相当である。但し訴状の記載だけからは被告が右会社か伴野個人か判定し難いのであるから、裁判所は原告にその補正を命ずるか、或いは原告が進んでその補正をすればこれによつて被告を確定し得るのであつて、原告はその後会社の設立登記ずみであることが判明したので、被告の「紀陽産業株式会社事伴野安伸」という表示を右会社の現在の商号である「東紀木材株式会社」と訂正して被告が右会社であることを明瞭にし、これが補正をしたのである。

しからば右は当事者の変更でなく、被告の表示の訂正と認むべきであるからかような訂正は許さるべきであつて、被告東紀木材に対する本訴は適法であるといわなければならない。

二、本案請求について。

(一)  よつて進んで本案について判断するに、被告東紀木材が原告主張の(一)の金額二十九万三千百二十五円、(二)の金額二十九万二百九十九円、合計金五十八万三千四百二十四円の約束手形二通を振出したことは、当事者間に争がない。

(二)  被告東紀木材は右手形二通は同被告が原告から借り受けた貸金債務支払のため振出したものであつて、その手形金額には利息制限法違反の利息が含まれているから、右手形金の請求は民法第九十条により失当であると抗争するので按ずるに、原告が被告東紀木材に対し金十六万五千円を利息月一割五分の約で貸与したこと(但し貸付の日を除く)及び本件手形が同被告の原告に対する右貸金債務支払のために約定利率によつて計算した延滞利息(但し延滞した期間を除く)を右元金に加算した額を手形金額として振出したものであることは、当事者間に争がない。そして右貸付の日については被告は昭和二十四年三月二十六日であると主張するに対し原告は昭和二十三年九月一日と主張するが、原告主張の貸付日はこれを明認するに足りる証拠はない(原告本人もその貸付日を一旦昭和二十四年三月頃と供述し、次いでその日時を明確に記憶しないので或いは昭和二十三年三月末頃かもわからないと述べているだけであつて、他に原告主張の貸付日を認め得る証拠はない)から、被告の自認する昭和二十四年三月二十六日が貸付日であつたものと認める。従つて延滞した利息について原告は昭和二十三年九月一日以降延滞していると主張するが、貸付日が昭和二十四年三月二十六日である右貸付日以前の延滞はあり得ないことである。そして被告は昭和二十四年八月分までの利息が支払ずみであると主張するのみであつて、その後の分が未払であることは被告の暗黙に認めているとみるのが相当であつて、本件手形二通が右元利金支払のために振出されたものであることは前記のとおりである以上、その手形金額合計五十八万三千四百二十四円から貸付元金十六万五千円を差引いた残金四十一万八千四百二十四円は右延滞利息に当るものというべく、弁論の全趣旨によれば、右金額は前記約定利率によつて計算されたものであること明かである。そして右貸付は現行の利息制限法の施行された昭和二十九年六月十五日の以前になされたものであるから、旧利息制限法(明治四十年九月十一日太政官布告第六十六号、以下単に旧法という)が適用され、旧法第二条の制限を超過する分は裁判上請求することができないものというべきであるから、本件手形金五十八万三千四百二十四円のうちさきに振出された(一)の手形金二十九万三千百二十五円について貸付元金十六万五千円及びこれに対する前記延滞利息に当る昭和二十四年九月一日から昭和二十五年三月二十七日(本件(一)の手形振出の日、この日に延滞利息を元金に加算したのであるから、その日までの延滞分が加算されたと認むべきであるからである)約定利率の月一割五分を旧法第二条所定の利率の範囲内である年一割の割合による利息(この利息の金額を計算すると金九千四百八十七円五十銭となる)の合計金十七万四千四百八十七円五十銭は裁判上請求し得る金額であるが、右(一)の手形金のうち右を超過する部分及び(二)の手形金の請求はすべて失当であるといわなければならない。(被告東紀木材は民法第九十条により本訴請求は失当であると主張するが、右の金銭貸付そのものは何等民法第九十条にいう公序良俗に反する行為でもなく、従つてその支払のためにした本件手形の振出も何等公序良俗に反するものではなく、ただ利息制限法第二条に超過する利息を裁判上請求することができないとされているに過ぎないのである。)そうすると被告東紀木材は原告に対しその請求の一部である(一)の手形金のうち金十七万四千四百八十七円五十銭(すなわち貸付元金十六万五千円及びこれに対する昭和二十四年九月一日から昭和二十五年三月二十七日まで年一割の割合による利息に当るもの)と右金額の範囲内において原告の請求する金十六万五千円に対する(一)の手形の呈示の翌日である昭和二十五年四月二十七日からその支払ずみに至るまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があること明かである。

第三、

よつて原告の本訴請求中主文第一、二項の部分は正当であるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条第九十二条但書、仮執行の宣言について同法第百九十六条第一項を適用して主文のように判決する。

(裁判官 飯山悦治)

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